投稿者: 聡士

  • 同じことを言っているのに、なぜあの人は好かれて、自分は嫌われるのか

    同じことを言っているのに、

    ある人は「そうそう!」と共感され、

    ある人は「なんか嫌やな」と批判される。

    この違いは、一体なんなんやろうか。

    正直、内容そのものよりも、

    「誰が言うか」で決まってしまうことが多い。

    例えば、同じ「頑張ろう」という一言でも、

    ・普段から人のことを気にかけている人が言えば

    →「この人と一緒に頑張りたい」と思われる

    ・自分本位で動いている人が言えば

    →「お前が言うな」と思われる

    言葉には、

    その人の“これまで”が乗る。

    どれだけ正しいことを言っても、

    日頃の行動や積み重ねがなければ、

    軽く聞こえてしまう。

    逆に、多少不器用でも、

    誠実に生きている人の言葉は、重い。

    人は、言葉を聞いているようで、

    実は「その人自身」を見ている。

    ・態度

    ・過去の行動

    ・周りへの接し方

    ・空気感

    全部ひっくるめて、

    「この人の言うことなら信じられるか」が判断されている。

    じゃあ、どうすればいいのか。

    答えはシンプルで難しい。

    「正しいことを言う」より、

    「正しく生きる」こと。

    すぐに評価は変わらんかもしれん。

    でも、積み重ねは必ず見られている。

    誰も見てないようで、ちゃんと見ている。

    妻形さんも現場で感じてると思うけど、

    同じ指示でも「この人の言うことなら聞こう」と思われる人と、

    反発される人、いますよね。

    それはスキルの差じゃなくて、

    “信頼残高”の差です。

    人間のキャラは、一日では作られへん。

    でも逆に言えば、

    毎日の積み重ねでしか作られへん。

    だから今日も、

    ちょっとした一言や行動を、

    大事にしていきたい。

    それがいつか、

    「同じことを言っても伝わる人」になるための土台になる。

  • 同じ毎日の先にあるもの

    毎日、同じことの繰り返し。

    朝起きて、仕事に行って、疲れて帰って、また次の日が来る。
    気がつけば1週間が終わり、1ヶ月が過ぎていく。

    「これ、何のために生きてるんやろ?」

    ふと、そんなことを考える瞬間がある。


    正直に言うと、
    人生って、楽しいことよりも
    苦しみのほうが多いんじゃないかと思う。

    思い通りにいかないこと。
    理不尽なこと。
    報われない努力。

    なんでこんなにしんどいんやろって、何度も思う。


    世の中を見れば、金持ちもいれば、苦しい生活をしている人もいる。
    「親ガチャ」なんて言葉もある。

    でも、あんな言葉で片付けてしまうのは、
    どこか違う気がする。

    確かに、生まれた環境で差はある。
    それは否定できない。

    けど、それだけで人生が決まるなら、
    人が悩む意味も、もがく意味も、なくなってしまう。


    人は何のために生きているのか。

    正解なんて、たぶん誰も持ってない。


    以前、五木寛之さんの『大河の一滴』という本を思い出した。

    人は皆、大河の一滴。


    大きな流れの中の、ほんの小さな存在。
    自分一人の力なんて、ちっぽけかもしれない。

    でも、その一滴が集まって、流れをつくっている。


    しんどい日も、意味のないように感じる日も、
    実はその大河の流れの一部なんかもしれん。


    毎日が同じに見えるのは、
    「変わっていない」んじゃなくて、
    「気づいていない」だけかもしれない。

    昨日よりちょっと我慢した自分。
    少し優しくできた瞬間。
    ほんの少しだけ前に進んだ一歩。

    それは確実に、流れの中に残っている。


    人生は途中ではわからない。

    今がしんどくても、
    今が報われてなくても、
    それがどこにつながるかは、最後までわからない。


    だから今日も、生きる。

    同じようで、同じじゃない一日を。


    人は何のために生きているのか。

    その答えは、
    流れの中で、自分が見つけていくものなんやと思う。


    苦しみのほうが多い人生でも、
    それでも流れていく。

    一滴として。

  • 深呼吸ひとつで、人生は少し軽くなる

    最近、ふと気づいたことがある。
    「深呼吸って、めちゃくちゃ大事やな」って。

    昔は正直、バカにしてた。
    「深呼吸したくらいで何が変わるねん」って。

    でも今は違う。
    むしろ逆で、
    **「深呼吸ひとつで、こんなに変わるんか」**と実感している。


    人は知らないうちに息を止めている

    仕事でバタバタしてるとき
    ゴルフでティーショットを打つ前
    人前で話すとき

    気づいたら、息止まってる。

    これ、ほんまに多い。

    息を止める=体に力が入る
    力が入る=ミスする、余裕がなくなる

    つまり
    呼吸が浅いだけで、人生ちょっと損してる。


    吐くだけで、力は抜ける

    ポイントは「吸う」じゃなくて「吐く」。

    ゆっくり「ふぅ〜」と吐くだけで
    肩の力がスッと抜ける。

    これ、ゴルフでも同じ。

    力んでドライバーを打つとチョロばっかり。
    でも、息を吐いてから振ると
    不思議なくらいスムーズに振れる。

    パターもそう。
    3パットが続くときほど、息止まってる。

    だから僕は決めた。
    打つ前に一回、必ず吐く。

    それだけで、ミスが減る。


    深呼吸は「心のリセットボタン」

    しんどいとき
    イライラしたとき
    不安でいっぱいのとき

    そんなときこそ、深呼吸。

    何も解決してないのに
    少し楽になる。

    これってすごくない?

    人生って、いきなり大きく変えるのは難しい。
    でも、呼吸なら今すぐ変えられる。

    しかもタダ。


    忙しい人ほど、やったほうがいい

    仕事も、家庭も、将来のことも
    いろいろ背負ってると、余裕なんてなくなる。

    僕もそうや。

    でも、だからこそ思う。

    深呼吸くらい、自分にさせてあげてもいいんちゃうか。

    1日1回でもいい。
    「ふぅ〜」と吐く時間をつくる。

    それだけで、
    ちょっとだけ人生が軽くなる。


    まとめ

    深呼吸は特別なことじゃない。
    でも、効果はめちゃくちゃ大きい。

    ・力みが抜ける
    ・ミスが減る
    ・気持ちが落ち着く

    全部、たった一回の呼吸から。


    今日も一回、深呼吸してみてほしい。

    「ふぅ〜」って吐くだけでいい。

    たぶん、ちょっとだけ世界が変わるから。

  • うまさより、覚悟。

    人前で話すのが、昔から苦手だ。

    順番が回ってきて、みんなの視線が自分に集まった瞬間、

    一気に呼吸が浅くなる。

    頭が真っ白になって、

    足が震えて、

    声が出なくなる。

    「またや…」

    その瞬間、スイッチが入る。

    過去の失敗が一気によみがえって、

    さらに体が動かなくなる。

    完全にトラウマやと思う。

    話している最中も、

    頭の中は内容じゃなくて、別のことでいっぱいになる。

    「変に思われてへんかな」

    「うまく話せてる?」

    「なんでこんなに下手なんやろ」

    気づけば、

    “伝える”ことより、

    “どう見られてるか”ばかり気にしている。

    だから言葉に重みが乗らない。

    自分でもわかる。

    薄い。

    軽い。

    届かない。

    一方で、

    話がめちゃくちゃ上手い人がいる。

    その人が話し始めると、空気が変わる。

    気づけば、

    全員がその人の世界に引き込まれている。

    言葉に力があって、

    温度があって、

    なぜか心に残る。

    正直、めちゃくちゃ憧れる。

    「伝え方が9割」

    そんな言葉もよく聞く。

    たしかにそうやと思う。

    話が上手い人は、

    評価されるし、

    出世もする。

    それが現実。

    でも最近、少しだけ思うことがある。

    自分は「話し方」が下手なんじゃなくて、

    「自分を守ろうとしすぎてる」だけなんじゃないかと。

    うまく話そうとして、

    失敗しないようにして、

    よく見られようとして、

    結果、何も伝わらなくなっている。

    本当は、

    うまい言葉じゃなくていい。

    完璧じゃなくていい。

    ただ、

    「何を伝えたいのか」

    そこに少しでも本気が乗れば、

    言葉は届くんじゃないかと思う。

    震えてもいい。

    噛んでもいい。

    途中で詰まってもいい。

    それでも、

    自分の言葉で、

    自分の思いを話す。

    人前で話すのが苦手な僕やけど、

    それでも、

    伝えることから逃げたくない。

    たぶん、

    この震えは一生なくならない。

    でもその震えごと、

    自分なんやと思う。

    うまく話せる人にはなれへんかもしれへん。

    でも、

    「伝わる人」にはなれる気がする。

  •  何もない土曜日が、一番幸せやと気づいた

    今日は土曜日。

    特別な予定はないけど、こういう日が一番落ち着く。

    朝は病院へ。

    この季節、喘息の薬をもらいに行くのがルーティンになっている。

    体のメンテナンスも、大人になると大事な仕事のひとつだ。

    帰りにスーパーに寄って、適当に買い物。

    何を買うか考えながら歩く時間も、なんだか嫌いじゃない。

    昼からは軽く運動。

    最近は筋トレも続いていて、少しずつ体の変化も感じている。

    あの時、ジムで声をかけてくれた人との出会いも、今思えば大きかった。

    …とはいえ、ずっとストイックではいられない。

    気づけばソファに座って、携帯を触りながらダラダラ。

    「これ、あかんな」と思いながらも、やめられない時間。

    でも、こういう無駄な時間も、たまには必要なんだと思う。

    夜は、同級生と安い串カツ屋へ。

    気を使わない相手と、他愛もない話をしながら飲む時間。

    これがまた、いい。

    豪華でも特別でもない一日。

    でも、こういう日があるから、また来週も頑張れる。

    何もないようで、ちゃんと満たされている。

    そんな土曜日だった。

  • 気づいたら終わってる。それが一番幸せな時間

    6連勤が終わった金曜日の夜。

    ようやく一週間が終わった、という安堵感。

    この“休み前の時間”が、たぶん一番気分がいい。

    明日は仕事のことを考えなくていい、その解放感。

    でも、わかってる。

    こういう時間ほど、あっという間に過ぎてしまうことも。

    風呂にゆっくり浸かって、体の力が抜けていく。

    仕事のことも、人間関係も、いったん全部オフになる時間。

    帰り道に買った半額の弁当。

    そして、よく冷えた缶ビール。

    豪華じゃない。

    むしろ、どこにでもある光景。

    でも、この瞬間がいちばんうまい。

    いちばんホッとする。

    テレビをぼーっと見ながら、

    「今週もなんとか乗り切ったな」と思う。

    気づけば時間は過ぎていて、

    さっきまでの解放感も、もう少しで終わる。

    だからこそ、この何気ない時間が尊い。

    特別なことは何もない。

    でも、この“何もない時間”があるから、また頑張れる。

    何気ないことの中にある幸せ。

    それをちゃんと感じられる自分でいたい。

  • 結局、世間ってこういうことなんやと思った日

    ジムで胸のトレーニングをしていたときのこと。

    正直、自己流で“なんとなく”やっていました。

    そんなとき、同年代くらいの男性が声をかけてくれました。

    「ちょっとフォーム違うで」

    そう言って、バーベルの上げ方を丁寧に教えてくれたんです。

    力の入れ方、軌道、呼吸。

    今まで何となくやっていたことが、一気にクリアになりました。

    トレーニングの合間に、少しずつ会話が増えていきました。

    仕事の話になり、

    「実はコンビニもやってるんです」と伝えたその瞬間――

    思いもよらない言葉が返ってきました。

    「え?その店って、もしかしてお母さんがやってた…?」

    まさか、と思いました。

    でも話を聞いていくうちに、

    その方が、昔から母と親しくしてくれていたことがわかったんです。

    ジムでたまたま出会った人が、

    母のことを知っている。

    いや、それどころか、繋がっていた。

    正直、鳥肌が立ちました。

    偶然といえば偶然。

    でも、どこかでこう思ったんです。

    「これは偶然じゃないな」と。

    今の自分の行動の先に、

    過去のご縁が重なってくる。

    まるで、母や父が

    「まだちゃんと見てるで」

    そう言ってくれているような気がしました。

    人生って、不思議です。

    目に見えない“縁”が、

    思いがけないタイミングで、

    ふっとつながる瞬間がある。

    だからこそ思います。

    出会いは、大事にせなあかん。

    どんな人との縁も、

    どこでどうつながるか分からない。

    今回の出来事で、

    改めてそう感じました。

    この不思議なつながりに感謝しながら、

    これからの出会いも、大切にしていこうと思います。