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  • 火曜日

    火曜日って、なんか微妙や。

    月曜のスタートダッシュも終わって、

    かといって週の後半のゴールもまだ遠い。

    休みまで、まだまだある。

    ちょっと気持ちが沈む、あの感じ。

    でもな、よう考えたら

    そんな「どんよりした日」こそ

    人生の本番ちゃうかって思う。

    経営も、まだまだ。

    ゴルフも、まだまだ。

    筋トレも、全然完成ちゃう。

    思い通りにならんことばっかりで、

    「なんでやねん」って思う毎日。

    でも逆に言えば、

    全部“伸びしろ”やねんな。

    痺れる毎日にせなあかん。

    ただなんとなく終わる火曜日にするか、

    ちょっとでも前に進む日にするか。

    それだけで、人生の質は変わる。

    人生は薔薇色やろ。

    いや、ほんまにずっと順風満帆って意味ちゃうで。

    しんどいことも、失敗も、後悔もある。

    でも、それ全部ひっくるめて

    「生きてる」ってこと自体が、

    もうええやんって思うねん。

    生きてるだけで丸儲け。

    これ、ほんまやで。

    朝起きて、動けて、笑えて、悩める。

    それだけで、十分すごいことや。

    せやから、楽しくいこうぜ。

    完璧じゃなくていい。

    かっこよくなくていい。

    どんよりした火曜日でも、

    一歩でも前に進めたら、それで勝ちや。

    今日もサイコーの1日にしよ

  • 優先順位

    現場を見ていると、よく思うことがある。

    「いま、それやることなん?」

    「それより先にやることあるやろ?」

    でも、その人にとっては“それが最優先”。

    ここが難しい。

    優先順位は「人それぞれ」

    誰もサボってるわけじゃない。

    むしろ、みんな真面目にやってる。

    ただ――

    「優先順位の基準」がバラバラなだけ。

    ・自分の仕事を優先する人

    ・目の前の作業を優先する人

    ・頼まれたことを最優先にする人

    ・全体を見る人

    どれも間違いじゃない。

    でも、揃ってないとズレが生まれる。

    「正しい」は一つじゃない

    仕事してると感じる。

    みんな、自分が正しいと思ってる。

    それも当然で、

    経験してきたことも、立場も違うから。

    でも現場では

    「個人の正しさ」より

    「チームとしての正しさ」が大事になる。

    優先順位は「合わせるもの」

    じゃあどうするか。

    答えはシンプルで難しい。

    “合わせること”

    ・いま何が一番大事か

    ・会社として何を優先するか

    ・現場としてどこを守るか

    これを共有し続けるしかない。

    最後に

    「いまそれやること?」って思うとき、

    相手を否定する前に、一回考える。

    その人には、その人の“正しさ”がある。

    でも、それがチームに合ってるかは別の話。

    仕事は一人でやるもんじゃない。

    だからこそ、優先順位は“共有”がすべて。

    今日も現場は動いてる。

    ズレながら、合わせながら。

    それでも、前に進んでる。

  • センス

    ひといちばい練習してるつもりやのに

    全然うまくならへん。

    周りはどんどん上達していくのに

    自分だけ置いていかれてる気がする。

    「なんでやねん…」ってなる。

    イライラする。

    そのイライラがまたプレーに出る。

    余計に力が入る。

    ミスする。

    負のループ。

    もうええわ。

    やめよかな。

    何回思ったやろ。

    でも、やめへんねんな。

    諦めが悪いんか、

    ただの意地なんか、

    よう分からんけど。

    ほんまは思ってる。

    「センスがあったらなぁ」って。

    最初からうまくできる人、

    ちょっとやっただけで結果出る人、

    正直うらやましい。

    でも、たぶんやけど——

    自分みたいに

    何回も失敗して、

    何回もイライラして、

    それでも続けてる人間しか

    見えへん景色もあるんやと思う。

    うまくいかへん日があるから

    ちょっとできた時、めちゃくちゃ嬉しい。

    その一球、その一瞬のために

    また練習してるんかもしれん。

    センスはないかもしれん。

    でも、しつこさはある。

    これ、意外と強い武器なんちゃうかな。

    今日もまた

    うまくいかへんかもしれんけど

    それでもやる。

    たぶんそれが

    自分のやり方や。

  • 言葉って

    大雨が降った。

    あんなに綺麗に咲いていた桜も、あっという間に散っていった。

    毎年思う。

    桜って、ほんまにすごい。

    短い時間だけ全力で咲いて、

    潔く散っていく。

    強いなぁって思うし、

    同時に、どこか悲しい。

    でも今年も見れた。

    それだけで、ちょっと救われる。

    そんな日の帰り道。

    ふと、自分の言葉を思い出した。

    娘に、冗談のつもりで言った一言。

    ほんまに軽い気持ちやった。

    笑ってくれると思ってた。

    でも今になって、引っかかる。

    あれ、言わんでもよかったやつやなって。

    言葉って不思議や。

    流れていく桜みたいに、

    消えてくれたらええのに、

    言った言葉だけは、

    消えずに残る。

    相手の中にも、

    自分の中にも。

    「ごめんなさい」

    頭の中で何回も言ってる。

    でも、それだけじゃ足りへん気がする。

    父親としてどうなんやろって、

    ちょっと自分を責めてしまう。

    正直、

    父親失格やなって思う瞬間もある。

    でも、たぶんやけど。

    こうやって後悔できることも、

    大事なんかもしれん。

    ちゃんと向き合って、

    ちゃんと謝って、

    次は同じこと言わんようにする。

    それしかできへんけど、

    それをやるしかない。

    桜はまた来年咲く。

    でも、言葉は戻らへん。

    せやからこそ、

    これからの言葉を大事にしたい。

    今日もまた一つ、

    学ばせてもらった気がする。

    父親として、

    まだまだやな。

  • 教育

    最近、討論番組を見てて思った。

    みんな「正しいこと」は言ってる。

    理屈も通ってるし、間違ってない。

    でも、なんか違う。

    理性で話してるけど、

    人の心ってそんなキレイに動かへんやん、って思う。

    教育も一緒なんちゃうか。

    「こうすべき」

    「こうあるべき」

    正論は山ほどある。

    でも現場はそんな単純ちゃう。

    言った通りに人は動かんし、

    正しいこと言えば伝わるわけでもない。

    むしろ、正しさだけやと反発されることもある。

    じゃあ教育の正解ってなんなんやろ。

    知識を増やすこと?

    ルールを守らせること?

    いい学校に行かせること?

    どれも間違いではないけど、

    どれも「それだけ」では足りへん気がする。

    ふと思う。

    教育のゴールって、

    「ちゃんと生きていける人間を育てること」なんちゃうかって。

    しんどいことがあっても立ち上がれるとか、

    人に優しくできるとか、

    自分で考えて選べるとか。

    そういう力。

    でも、それって教えれるんか?

    ここがまた難しい。

    言葉で教えるもんちゃう気がする。

    結局、

    見てるんやと思う。

    親の背中、上司の態度、

    普段の言葉、空気、習慣。

    「どう生きてるか」を。

    だから教育って、

    教えることよりも、

    どう在るか

    なんかもしれん。

    ほな、幼少期で決まるんか?

    たしかに影響はデカいと思う。

    でも、それで全部決まるなら、

    大人になってから変わった人の説明がつかへん。

    人は何歳からでも変われる。

    でも、変わるには

    「きっかけ」と「環境」がいる。

    結局、教育って終わりがない。

    子どもだけの話ちゃう。

    大人もずっと教育されてるし、

    自分自身も教育し続けてる。

    正解は、たぶんない。

    でも、

    「この人みたいになりたい」って思われる生き方。

    それが一番の教育なんかもしれん。

    なんか、むずいこと考えてもうたな。

    でも、こうやって悩んでる時点で、

    ちゃんと向き合ってる証拠やと思う。

    それでええんちゃうかな。

  • 動き続ける

    今日は、朝から仕事。

    終わってそのままゴルフの練習。

    さらにその足で筋トレ。

    気づいたら、一日パンパンに詰め込んでた。

    正直、しんどい。

    でもなぜか、これがいい。

    最近、やたら思う。

    「時間がもったいない」って。

    ちょっとでもボーッとすると、

    「これでいいんか?」ってなる。

    昔は、ダラダラする時間も好きやった。

    でも今は違う。

    何かしてないと、不安になる。

    ゴルフも、筋トレも、仕事も、

    全部まだまだやし、全部中途半端。

    だから余計に、止まりたくない。

    隙間なんかいらん。

    むしろ、隙間が怖い。

    走ってるときだけ、

    「やってる感」がある。

    前に進んでる気がする。

    でもな、

    これが正しいかどうかはわからん。

    ただ一つ言えるのは、

    止まったら、たぶん戻れへん。

    だから今日も走る。

    明日も走る。

    そのうち、どこかに辿り着くやろ。

    いや、辿り着かんでもええか。

    走ってるこの感じが、

    今の自分にはちょうどいい。

  • あれっ

    90キロ、あがった。

    何回やっても無理やったのに、

    バーはピクリとは動くけど、最後まで上がらんかった。

    あとちょっとやのに。

    この「あとちょっと」が一番遠い。

    ずっと「もっとやらなあかん」って思ってた。

    回数増やして、頻度上げて、気合いで押し切ろうとしてた。

    でもちゃうかった。

    2日休んだら、あっさり上がった。

    なんなんこれ。笑

    でもたぶん、これが本質なんやと思う。

    筋肉って、やってる時に強くなるんちゃう。

    休んでる時に強くなる。

    頭ではわかってても、

    やってへんと不安になる。

    サボってる気がしてまう。

    でも今回でわかった。

    攻めるだけじゃあかん。引くのも実力や。

    これ、仕事も一緒やなって思う。

    頑張りすぎて空回りする時もあるし、

    動き続けてるのに結果出えへん時もある。

    そんな時ほど、

    一回止まる勇気がいる。

    ふと外見たら、桜も終わりかけ。

    満開もええけど、

    散り際の桜ってなんかグッとくる。

    「ああ、ちゃんと時間進んでるな」って思う。

    自分も同じやな。

    止まってるようで、ちゃんと進んでる。

    結果出てへんようで、ちゃんと積み上がってる。

    今回の90キロみたいに、

    ある日いきなり形になる。

    だから焦らんでいい。

    やる時はやる。

    休む時は休む。

    このバランスが一番むずい。

    でも、これが一番大事なんやと思う。

    次は100キロやな🏋️

  • ベテラン

    40周年。

    たった一言やけど、

    その重みは、想像以上やった。

    ステージの上で歌うその姿は、圧巻。

    声も、表情も、立ち振る舞いも、

    全部が“積み上げてきた人”のそれやった。

    同じことを、

    ブレずに、

    40年続ける。

    これ、言うのは簡単やけど、

    実際はとんでもないことやと思う。

    華やかに見えるステージ。

    スポットライトを浴びて、歓声を浴びて。

    でも、たぶんその裏は、

    地味で、孤独で、

    しんどいことの連続やったはずや。

    それでも続けた人だけが、

    あの場所に立てる。

    ふと思った。

    「ステージがある人生って、いいんやろか?」

    あんな一瞬のために、

    毎日同じことを繰り返す。

    しんどいこともあるやろし、

    報われへん日も山ほどあるやろう。

    でも逆に、

    その“一瞬”があるから、

    頑張れるのかもしれん。

    じゃあ自分はどうなんやろ。

    毎日同じことの繰り返し。

    仕事して、帰って、また仕事。

    気づけば、

    人の作ったものを見てばかり。

    人の言葉に感動して、

    人の作品に刺激を受けて、

    それで終わり。

    受け身ばっかり。

    「自分は何もできないのか」

    それとも、

    「何もしてないだけなのか」

    この差って、

    めちゃくちゃデカいと思う。

    できないと思ってるだけで、

    ほんまはやれること、

    いっぱいあるんちゃうかって。

    でも、やらん。

    やらへん理由を探して、

    結局、今日も終わる。

    40年続けた人を見て、

    自分の“止まってる感”に気づいた。

    正直、ちょっと悔しかった。

    でもな、

    別に今からでも遅くないと思うねん。

    40年は無理でも、

    1日ならできる。

    1週間ならできる。

    1年続けたら、

    ちょっとは何か変わるかもしれん。

    自分の価値って、

    誰かに決められるもんちゃうし、

    最初からあるもんでもないと思う。

    積み上げた分だけ、

    あとからついてくるもんやろ。

    今日、思ったこと。

    「見る側で終わるか、やる側にいくか」

    たぶん、それだけ。

  • 音楽🎵

    ライブって、すごいよな。

    何万人もの人が、同じ場所に集まって

    同じ音に合わせて、手をあげて、声を出す。

    年齢も、仕事も、悩みも、バラバラやのに

    その瞬間だけは、全員がひとつになる。

    あれ、ほんまに不思議や。

    ふと、思った。

    「この中で、自分は何者なんやろ」って。

    特別な才能があるわけでもない。

    誰かを引っ張るリーダーでもない。

    ただ、日々仕事して、悩んで、生きてるだけ。

    でも、あの空間におった。

    それだけで、ちょっとだけ救われた気がした。

    50歳。

    若い頃みたいに

    「何者かにならなあかん」って焦りは減ったけど、

    その代わりに

    「自分は誰かの役に立ててるんか?」っていう問いが残る。

    これ、なかなか重たい。

    でもな、ライブ見てて思った。

    あのステージの人だけがすごいんじゃなくて、

    その場におる全員で作ってるんやなって。

    声出す人も、

    手あげる人も、

    ただ静かに聴いてる人も、

    全員が、その空間の一部や。

    ほな、自分も同じやなって思った。

    大きなことはできんかもしれん。

    世の中を変えることもできんかもしれん。

    でも、

    ・誰かに挨拶する

    ・ちゃんと仕事する

    ・誰かの話をちゃんと聞く

    それだけでも、どこかの“空間”を作ってる。

    なんか、ちょっと気が楽になった。

    「何かすごいことをせなあかん」じゃなくて、

    「ちゃんと存在する」だけでも意味があるんやなって。

    50歳から、何ができるか。

    たぶん、大したことじゃなくていい。

    でも、

    今いる場所で、誰かの一部になれること。

    それを積み重ねていけば、

    気づいたら、誰かの中で“必要な人”になってるんやと思う。

    ライブみたいに、

    バラバラな人生が、

    一瞬でもひとつになるあの感覚。

    あれを、日常でも作れたらええな。

    さぁ、また明日も、

    誰かの中の“ひとつ”になりにいこか。

  • 人前で話すと

    人前で話すと、手が震える。

    声も震える。

    呼吸も浅くなって、ひどい時は過呼吸みたいになる。

    「逃げたい」

    毎回そう思う。

    ほんまに、何回も経験してるのに慣れへん。

    セミナーにも行った。

    本も読んだ。

    病院にも行った。

    「これで変われるかも」

    そう思って、その時はちょっと前向きになる。

    でも結局、本番になると同じ。

    またできへんかった。

    また震えた。

    また自信なくした。

    このループ、何回繰り返してるんやろって思う。

    正直な話、

    周りの人はそこまで気にしてへんと思う。

    でもな、自分は気にするねん。

    「ちゃんと話さなあかん」

    「うまく見せなあかん」

    「できる人と思われたい」

    そんな気持ちが、自分を苦しめる。

    でも最近、ちょっとだけ思うことがある。

    震えてもええやんって。

    逃げずにそこに立ってるだけで、

    それだけで、まあまあすごいやんって。

    完璧に話せへんでもいい。

    うまく見せれなくてもいい。

    それでも、その場から逃げへん自分は、

    ちょっとは認めてもええんちゃうかなって思う。

    自信って、

    「できた」からつくもんやと思ってた。

    でも違うかもしれん。

    「逃げへんかった」

    それを積み重ねた先に、ちょっとずつできるもんかもしれん。

    今日もまた、人前に立つかもしれん。

    また震えるかもしれん。

    それでもええ。

    逃げへんかったら、それで合格や。

    同じことで悩んでる人へ。

    大丈夫とは言わへん。

    簡単に治るとも思わん。

    でもな、

    震えながら立ってるあなた、

    ちゃんとすごいで。