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  • あの頃聴いてた曲

    ふと昔の曲が流れてきて、
    思わずニヤけてしまう時がある。

    「あー、この曲な。」
    って。

    その瞬間、景色まで戻ってくる。

    帰り道の空気。
    夜中のコンビニ。
    部活帰り。
    好きな人。
    車の中。
    友達とのアホみたいな会話。

    その曲を聴いてた頃の自分が、
    一気によみがえる。

    あの頃はあの頃で、
    悩みも不安もいっぱいあったはずやのに、
    今思い返すと、なんかキラキラしてる。

    将来のこと考えたり、
    恋愛で一喜一憂したり、
    意味もなく落ち込んだり、
    逆に意味もなくワクワクしたり。

    音楽って不思議やなと思う。

    ただの「曲」じゃなくて、
    その時代の感情ごと保存されてる。

    だから昔の曲って、
    胸にど直球でくる。

    今の自分が聴くと、
    懐かしいだけじゃなくて、
    「あの頃、頑張ってたな」
    って思えたりする。

    青春って、
    戻りたいわけじゃない。

    でも、確実に今の自分を作ってる。

    あの時聴いてた曲たちは、ちゃんと生きてる。

  • 祭りのあと

    年に一度のお祭りの時期が終わった。

    今年は天気も良くて、
    青空の下をお神輿が通り、
    太鼓の音や掛け声が町に響いていた。

    いつも通る道も、
    いつも見てる景色も、
    その日だけはまるで別の町みたいやった。

    子どもは走り回って、
    大人は笑いながら話して、
    みんななんか楽しそうで。

    普段は静かな町なのに、
    あの数日だけは、
    町全体に“生きてる空気”みたいなんが流れてた気がする。

    でも、
    祭りって終わるのが早い。

    片付けが始まって、
    提灯が外されて、
    静かになった町を見ると、
    なんとも言えん寂しさが残る。

    「あー、終わったなぁ」って。

    楽しかった時間ほど、
    終わったあとに余計さみしく感じるんかもしれん。

    でも、
    また来年もこの景色が見れるように、
    みんな毎日を頑張ってるんやろなとも思う。

    祭りって、
    ただ騒ぐだけじゃなく、
    町の人の元気とか、
    つながりとか、
    “生きる力”みたいなんを感じる時間なんかもしれへん。

    また来年、
    同じ太鼓の音が聞けるのを楽しみにしながら、
    いつもの日常に戻るわ。

  • なんなん

    前半56。

    正直、言葉が出なかった。

    毎日練習してる。
    時間も使ってる。
    レッスンも受けてる。

    それでも、この結果。

    なんなんこれ。

    「努力は裏切らない」ってよく言うけど、
    今日に関しては、思いっきり裏切られた気分やった。

    ドライバーはチョロ。
    アイアンは薄い。
    気づいたらスコアはボロボロ。

    もう途中から、何をどうしたらいいのか分からん。

    考えれば考えるほど、ぐちゃぐちゃになる。

    「なんでやねん」って、何回も心の中で言った。

    でも、ちょっとだけ冷静に考えてみた。

    これだけやってるのに結果が出ないってことは、
    “やってる方向”がズレてる可能性がある。

    量はやってる。
    でも質はどうなんやろ。

    同じミスを、同じ感覚で繰り返してないか。

    うまくいかない原因を、ちゃんと見れてるか。

    イライラするのは、それだけ本気やから。

    どうでもいいことには、人はこんなに腹立たへん。

    だからこの感情は、たぶん間違ってない。

    ただ、このまま感情だけで終わったら、
    また同じ結果になる。

    一回リセットする。

    「うまく打つ」じゃなくて、
    「フェースでちゃんと当てる」だけに戻る。

    シンプルに。

    余計なこと考えすぎて、
    一番大事なこと忘れてる気がする。

    うまくいかん日もある。

    むしろ、そういう日の方が多い。

    でも、ここでやめたら終わりや。

    悔しいけど、まだやる。

    正直、また明日も打つと思う。

    なんなんやろな、このしつこさ。

    でも、これがある限り、
    たぶんまだ終わらへん。

  • 人間関係

    人間関係って、ほんまにめんどくさい。

    同じことを言ってるのに、
    Aさんが言うと通るのに、
    Bさんが言うと通らない。

    内容ちゃうやん。
    「誰が言ったか」やん。

    なんやねんそれって、思う。

    正しいことが正しく評価されるんじゃなくて、
    立場とか、好き嫌いとか、空気とか、
    そんなもんで全部変わる。

    で、うまくいかへんと、
    誰かのせいにされる。

    「あの人が悪い」
    「言い方が悪い」
    「タイミングが悪い」

    いやいや、もうええやろってなる。

    結局、人じゃなくて
    “評価される側の立ち位置”で決まってるだけやん。

    そんな世界にいると、
    だんだん思ってくる。

    「もう関わりたくないな」って。

    距離とった方がラクやし、
    余計なストレスも減る。

    でもな、ちょっとだけ思う。

    それでも関わらなあかんのが、
    人間関係なんよな。

    仕事でも、プライベートでも、
    ゼロにはできへん。

    せやから最近は、こう考えるようにしてる。

    「どう思われるか」より、
    「自分はどうありたいか」。

    誰が言うかで変わる世界でも、
    自分までブレる必要はない。

    ちゃんと伝える。
    ちゃんと向き合う。

    それで伝わらん相手とは、
    無理にわかり合おうとせんでもいい。

    全部を背負わんでいい。

    人間関係って、
    シンプルなようで、めちゃくちゃややこしい。

    でも、だからこそ。

    自分の軸だけは、
    ちゃんと持っときたいなと思う。

  • 気づき

    体調を崩した。
    喉が痛くて、体がだるい。

    朝からずっと横になってるのに、
    一向によくならない。

    何もできない。
    やろうと思ってたことも、全部ストップ。

    スマホ触るのもしんどいし、
    考えるのすら面倒になる。

    普段は当たり前に動いてるのに、
    その“当たり前”が一気に奪われる。

    そのとき、やっと気づく。

    「あぁ、元気ってすごいことやったんやな」って。

    元気なときって、
    多少しんどくても無理できるし、
    気合でなんとかなると思ってる。

    でも、ほんまに体調崩したら無理や。

    気合も根性も通用せん。

    ただ寝るしかない。
    ただ回復を待つしかない。

    元気って、目に見えへんけど
    一番大事な“土台”やと思う。

    仕事も、趣味も、人間関係も、
    全部その上に成り立ってる。

    元気なときは、つい忘れる。

    もっとできるはずや
    もっとやらなあかん
    って、自分を追い込む。

    でもほんまは、
    「普通に動けること」
    それだけで、十分価値ある。

    体調を崩して、改めて思う。

    元気が一番。

    ほんまに、それだけでええ。

    また元気になったら、
    この当たり前を忘れずにいきたい。

  • 意識

    「意識」「イメージ」「目的」

    たったこれだけの話やのに、
    これを持つか持たないかで、結果がまるで変わる。

    ほんまに驚く。

    同じ練習をしてるはずやのに、
    同じ仕事をしてるはずやのに、

    うまくいく日と、うまくいかん日がある。

    その違いって、結局ここやと思う。

    “何を考えてやってるか”

    たとえばゴルフ。

    なんとなく打ってる時は、
    ミスが出ても理由がわからん。

    でも、

    ・ボールの先を叩くイメージ
    ・低く長いインパクト
    ・目標に対してどう運ぶか

    こういう“意識”を持った瞬間、
    同じスイングでも結果が変わる。

    仕事でも一緒。

    ただ作業としてこなすのか、
    目的を持ってやるのか。

    ・なんのためにやるのか
    ・どうなれば成功なのか
    ・誰のためなのか

    これを持つだけで、動きが変わる。

    結局、人間って

    「考えた通りに動く生き物」

    なんやと思う。

    逆に言えば、
    考えてない時は、ただ流されてるだけ。

    だからこそ思う。

    人間ってすごい。

    まだまだ可能性ある。

    まだまだ変われる。

    年齢とか、環境とか、才能とか、
    いろいろ言い訳はできるけど、

    最後に変えるのは、

    “自分の意識”

    ここしかないんやと思う。

    今日ダメでもええ。

    うまくいかん日があってもええ。

    でも、

    意識だけは変えられる。

    それだけで、
    また違う一日になる。

    また違う未来になる。

  • 努力

    やっぱりあかん。

    こんだけ練習してる。
    こんだけ時間使ってる。

    それやのに、100切れへん。

    いや、それどころか
    前より悪くなってる気すらする。

    なんでやねん。

    ほんまに意味わからん。

    うまくなりたくて
    時間もお金も使って
    考えて、悩んで、また打って

    それでも結果出えへん時って
    人間、こうなる。

    ぐちゃぐちゃ。

    ドライバーはチョロ。
    たまに当たったら左。
    アイアンは薄い。

    さっきまでできてたことが
    急にできへんくなる。

    「え?俺、何してたっけ?」

    頭も体もバラバラ。

    でもな、

    これ、たぶん“下手になってる”んちゃう。

    “変わろうとしてる途中”やねん。

    変えようとしてるから
    今までの打ち方が壊れる。

    壊れてる最中やから
    余計に当たらん。

    そらぐちゃぐちゃになる。

    でも、ここでやめたら
    ずっと同じままや。

    ほんまにキツいのは
    結果出えへんことちゃう。

    「こんだけやってるのに」って
    自分で自分に期待してることや。

    でもそれって、裏返したら

    「まだいける」って
    自分が思ってる証拠やろ。

    うまくいかん日って
    無駄な日ちゃう。

    一番伸びる前の
    一番しんどいとこや。

    ぐちゃぐちゃでええ。

    むしろ、そのぐちゃぐちゃが
    変わるサインや。

    今日もまた打つやろ。

    腹立ちながらでもええ。

    それでもやめへんあんたは
    ちゃんと前に進んでる?

    これって努力にならんのか。

  • 評価

    人事評価があった。
    結果は、いつも通り。

    正直、驚きもない。
    「ああ、やっぱりな」っていう感覚。

    評価される人と、されない人。
    その差はなんなんやろう。

    毎日それなりにやってる。
    しんどい日もあるし、うまくいかん日もある。
    それでも現場は回してる。

    でも、評価は変わらない。

    そもそも、人が人を評価するってどうなんやろう。

    見えてる部分だけで判断される。
    数字、結果、態度、印象。

    ほんまの苦労とか、葛藤とか、
    そういうのは評価に入ってるんやろか。

    いや、入ってない気がする。

    「やってるつもり」なんかな。

    自分ではやってると思ってても、
    周りから見たら足りてないのかもしれん。

    でもそれを全部受け入れるほど、
    素直にもなりきれへん自分もおる。

    じゃあ、もう諦めてるんか。

    正直、どこかで諦めてる気もする。
    どうせ変わらんやろ、って。

    期待するとしんどい。
    だから最初から期待しない。

    それが楽やから。

    でも、ほんまにそれでええんか。

    評価されないまま、
    このまま年だけ重ねていくんか。

    それもなんか違う気がする。

    真摯に受け止めるべきなんかもしれん。

    評価がすべてじゃない。
    でも、ヒントではある。

    「何が足りてないのか」
    「どう見られてるのか」

    そこから逃げたら、たぶんずっとこのままや。

    腹立つし、納得いかん。
    でも、それも含めて今の自分の位置。

    だったらどうするか。

    腐るか、変わるか。

    たぶん、答えはシンプルや。

    “評価されるためにやる”んじゃなくて、
    “自分が納得できる仕事をする”。

    その積み重ねの先に、
    評価がついてくるかもしれんし、
    ついてこないかもしれん。

    でも、それでもええ。

    せめて自分だけは、自分をちゃんと見とこ。

    今日もやることは同じ。
    現場に出て、目の前の仕事をやるだけ。

    それでええやろ。

  • どんより

    どんよりしてる。

    待てど暮らせど、連絡は来ない。
    スマホを何回も見て、ため息ついて、また置く。

    なんなんやろ、この時間。

    みんな平等に24時間あるはずやのに、
    なんでこんなにも感じ方が違うんやろ。

    ある人は、家族と笑ってる時間。
    ある人は、仕事に追われてる時間。
    ある人は、ひとりで考え込んでる時間。

    携帯触ってる時間。
    団欒の時間。
    仕事の時間。
    勉強してる時間。
    スポーツしてる時間。
    ただ生きてるだけの時間。

    同じ「時間」やのに、意味はバラバラ。

    ほな、幸せってなんなんやろ。

    たくさん稼ぐこと?
    誰かに認められること?
    好きなことをやり続けること?

    それとも——
    こうやって、どんよりしながらでも、
    自分のことを考えてる時間そのものなんかな。

    うまくいってる時は、そんなこと考えへん。
    しんどい時やからこそ、立ち止まる。

    時間は止まらん。
    月日だけは、確実に過ぎていく。

    せやけど、
    どう使うかは、自分で決められる。

    今この瞬間も、
    ただの「待ち時間」にするか、
    「考える時間」にするかで、意味は変わる。

    答えはまだわからん。

    でもたぶん——
    幸せって、「なにかを持ってる状態」やなくて、
    「どう感じるか」なんやと思う。

    どんよりしてる今も、
    無駄やない。

    そう思えたら、ちょっとだけ楽になる。

  • モヤモヤ

    このモヤモヤした気持ちはなんなんやろ。

    朝起きて、仕事して、ゴルフ行って、筋トレして。
    やることはやってる。むしろ、ちゃんとやってる方やと思う。

    でも、楽しくない。

    仕事も、ゴルフも、プライベートも。
    どこにもワクワクがない。
    何かが足りてない気がするのに、それが何かもわからへん。

    「結局は自分次第やろ」
    そんなことも頭ではわかってる。

    でもな、
    わかってるのに動けへん時ってあるやん。

    頑張ってるのに報われてる感じがない。
    積み重ねてるはずやのに、前に進んでる実感がない。

    ゴルフもそう。
    あれだけ練習してるのに、なんでこんなに当たらへんのか。
    仕事もそう。
    ちゃんとやってるのに、なんでこんなにうまく回らへんのか。

    ほんでまたイライラして、
    余計にうまくいかんくなる。

    悪循環や。

    気づいたら、時間だけが過ぎていく。
    ほんまに容赦なく、淡々と。

    このままでええんかって思うけど、
    じゃあどうしたらええのかはわからん。

    たぶんやけど、
    今の自分は「楽しい」を感じる余裕がないんやと思う。

    結果ばっかり追いすぎて、
    うまくいってないことばっかり見て、
    自分で自分を追い込んでる。

    ほんまは、もっと雑でもええし、
    もっと適当でもええのに。

    ちゃんとやらなあかんって思いすぎて、
    全部しんどくしてるのは自分かもしれん。

    でもな、これだけは言える。

    こういう時期って、誰にでもある。
    ずっと調子いい人なんかおらん。

    今は「止まってる」んじゃなくて、
    「溜めてる」時間なんやと思う。

    しんどいけど、意味のない時間ではない。

    無理にポジティブにならんでもええ。
    楽しくないなら、楽しくないままでええ。

    ただ、やめんかったら、それでええ。

    またどっかで、
    「あ、ちょっとマシかも」って思える日が来る。

    その時に、ちゃんと前に進めるように。

    今日もとりあえず、生きとこか。