3月1日の朝。日曜日。
少しだけやわらかい空気。
冬の冷たさが、ほんの少し抜けている。
「あ、春やな」
そう感じたのに、
その気持ちはすぐに流れていった。
昔は違った。
3月になるだけで、
理由もなくワクワクしていた。
日曜日の朝なんて、
何かが始まりそうで、少し落ち着かなかった。
新しいクラス。
新しい出会い。
まだ見ぬ何かに、勝手に期待していた。
でも今はどうやろ。
同じ日曜日でも、
頭の中は仕事のことでいっぱいや。
来週の段取り。
数字。
やらなあかんこと。
気づけば、
春を感じる前に、現実を考えている。
ワクワクする前に、
「大丈夫か?」が先にくる。
失敗したらどうしよう。
無駄になったらどうしよう。
今のままでええんちゃうか。
――あれ?
俺、いつからこんなんなったんやろ。
あの頃は、何も持ってなかった。
でも、何でもできる気がしていた。
今は、守るものがある。
背負っているものもある。
それは、ちゃんと生きてきた証拠やと思う。
でもな、
その代わりに、
どこかに置いてきてしまった気がする。
さっき感じた、あの春の匂い。
あれは、なくなったんじゃなくて、
ただ忘れていただけなんかもしれん。
ほんの一瞬でも、
「あ、春やな」って思えた。
それだけで、十分やと思った。
春は毎年来る。
何回でも、やり直していいって
言われてる気がする。
大きなことじゃなくていい。
ほんの少しでいい。
いつもと違うコーヒーを飲んでみる。
少し遠回りしてみる。
やりたかったことを、ひとつだけやってみる。
それだけで、
止まってた何かが、少しだけ動き出す気がする。
3月1日の朝。
この空気をちゃんと感じられたこと、
それだけで今日は、ちょっとだけいい日やと思う。
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